天才少女()(dream)

□02-天才少女の説明会_後編
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「佐奈は珍しい事に呪術家系でない非術師家庭の出身なんだ。小さい頃から呪いが見えて、呪いに好かれやすかったらしくてな。それが縁で呪術協会とも繋がったんだと」

 真希は過去を回想するように目を細めた。

「“見える側”の佐奈だが当時は呪いを祓う力は強くなかったらしい。でも佐奈自身が呪いを引き寄せちまうから、呪術師が定期的に派遣される事になって、呪いを祓ってもらう見返りとして、佐奈は“窓”として呪術協会に力を貸していた。――もうお前らも気づいてると思うが、佐奈は呪力感知精度がヤバくってな。窓だった時に随分“派手に”活躍してたらしい」

 真希の言葉に昼間の佐奈の様子を思い出す虎杖。
 確かに、集合場所に二年生たちが到着する前や、呪いが降ってくる前に佐奈はすでに気づいている節があった。

「本人曰く『女の子の勘はぁと。なんちゃって』らしいぞ。ちょっと痛いよなぁ…」
「しゃけ…」

 佐奈の言葉を思い出したのであろうパンダと狗巻が苦い顔となる。

「呪いに好かれやすい佐奈は事件に巻き込まれたりもしてたんだが、そこで思わぬ事実が発覚する。佐奈の関わった事件は、なんと、全て死者数がゼロだった」
「え、マジ!? 凄いじゃん!」

 感激する虎杖に「だろ?」と真希が相槌を打つ。

「呪術協会界隈でも、これは奇跡だとモテハヤされた。そんでもってアイツ、外見だけは“あれ”だから、ついた通り名が“天才少女”の四方山佐奈様だ」

 どこか小馬鹿にして笑う真希。

「で、後はさっき言ったとおり。高専に入学して呪霊を祓うようになってから死にまくったのが問題になって、佐奈が死なないように指示や命令がだされてるのに命令違反で死にまくって、補助監督になってからも死にまくって、んで、本人の性格があんなだろ? ――実は呪術高専きっての問題児なんだよ。アイツ」
 
 悠仁や目隠しバカとは違った意味の問題児な。と、真希は付け加えた。

「本当、詐欺ですよね」
「今じゃ天才少女カッコ笑いだよな」
「しゃけ、ツナマヨ」

 最後はほぼ吐き捨てるように言った真希に追従する、伏黒、パンダ、狗巻。

「でも、ちょっと待って。呪力発動させたら死ぬっていうなら、呪力発動させずに戦えばいいだけじゃないの? 真希さんみたいに呪具とか使って」

 釘崎の提案に2年生の顔から急激に感情の色が無くなる。

「私の呪具を貸した時、あの馬鹿がなんて言ったか分かるか?」

 真希からの問いかけに首を振る釘崎。

「『えー! 真希ちゃん。こんな気持ち悪い道具よく使えるね! 私には無理! すごーい!』」

 いつもよりも高いトーンで、明るく喋った真希。恐らく佐奈の物まねをしたのだろう。

「な? 蹴り飛ばしたくなるだろ?」
「ですね」

 若干、殺意のようなものが見え隠れし始める真希の言葉に大きく頷く伏黒。

「俺らも無理やり呪具を持たせようとした時期もあったけど、最終的に頓挫したな。佐奈いわく自分の物じゃない呪力を感じるのが気持ち悪いらしくてな。生理的に無理なんだと」

 パンダの言葉に一年生たちは各々呆れ顔となる。

「あと佐奈は、呪力操作も下手くそだからな。常に呪力は0か100なんだ。100の時を本人はスイッチオン状態なんて呼んでるみたいだけど……」

――「それに――もうスイッチ入っちゃったから、勿体ないんだよね…」

 先ほどの任務の際に、無表情に佐奈がそう言っていたのを思い出した虎杖。

「そーいえば、そーだったかも。あれがスイッチオン状態なんだ」
「ただその状態になったらもう手遅れだから気をつけろよ。呪いを祓っても祓わなくても、佐奈が死ぬの確定しちまうからな」
「そんなの、気をつけようなんてなくない?」

 釘崎が唇を尖らせて悪態をつくと、二年生達が順番に話はじめる。

「俺らの長年の研究の結果、有効なのは、呪霊を見せない、近づけさせない、佐奈を動かさない。これだな」
「しゃけ!」
「佐奈を円で囲って制限かけて、佐奈が呪いを認知する前に倒しきる……が、私らのセオリーだ。これで5回に1回はあの馬鹿も死ななくなった」

 真希が指を5本か広げた状態から1本にすると、虎杖が苦い顔になる。

「5回に4回は死んでんじゃん」
「虎杖。言っとくが俺があの人と組むときは生きてる時なんてねーぞ。全任務で死体帰還だ」
「え! そうなの! じゃあ、先輩たちすげーじゃん!!」

 伏黒の苦々しいフォローの言葉に素直に感動を覚える虎杖。

「でも本当は憂太と組んでた方が生存率高いんだよな。里香解呪前なんて佐奈ほとんど死んでなかっただろ」
「いない奴の事を当てにはできねーだろ。私らは私らの出来る範囲でやるんだよ」
「すじこ」

 そこで真希が本日一番の盛大な溜息を吐く。

「佐奈のやつ、呪いへの危機管理能力が永久故障してっからな。マジで」
「先輩、ちょっといいですか?」

 眉間に盛大に皺を寄せる真希に、伏黒が声をかける。

「恵、どうした?」
「なんで退学にならないんですか。佐奈先輩」
「……」

 至極まともな質問に真希は言葉を詰まらせる。

「そいつは少しばかり説明が難しいな」

 助け船を出したのはパンダだった。

「上層部の事情でごちゃついて退学させられないって感じらしい。佐奈中心に利権や思惑なんかが絡みまくって上手くいかないんだと。まさみちもかなり悩んでるみたいだ。先生たちならその辺、詳しいんじゃね? 話してくれるか分かんねーけど」

 パンダは顎をさすりながら説明した。

「あーあ、今日は散々だったな。お前らもアイツと組むときは気をつけろよ。――もっとも、野薔薇の言うように気をつけようもないかもしれねーけどな」

 軽く地面を蹴飛ばして、疲れたように真希が天を仰ぐ。
 残りのパンダと狗巻も大きく頷いて同意している事から、相当の苦労が伺えた。

 そんな二年生たちを眺めていた虎杖が、おもむろに口を開いた。
 
「なあ、先輩たちは佐奈先輩の事嫌いなの?」

 同じ学年の補助監督と出会って以降、三人はその少女に容赦のない否定的な態度をとっていた。
 だが嫌いな相手のためにこれだけ労力も割かないだろう、と思った虎杖はストレートに疑問を投げかけてみる。

「毎回死ぬ馬鹿相手に好きも嫌いもあるかよ」

 真希が口角を下げると、パンダが自分の口元を両手覆った。

「とか言って、真希、佐奈のこと大好きだよな。なんだ、ツンデレか?? ププッ」
「ツ・ナ・マ・ヨ?」
「ふざけんな! はっ倒すぞ! パンダ!! 棘!!」

 茶化してくる他の同級生に対し、顔をほんのり赤くして怒鳴り返す真希。
 いいか! 悠仁! ――空気を換えるかのように、真希は人差し指を質問者へ突き付けた。

「よく考えろよ? 今日みたいにアイツが死んだら、一緒にいる私らが理不尽に叱られるまでがワンセットだ。普通に考えたらやってらんねーだろ? たくよっ!」
「んー、そう言われると確かに……」

 夜我学長の迫力のある説教の記憶がよみがえり、虎杖の目元がひきつった。

「あれ? 佐奈先輩は怒られないわけ?」

 死んだとは言え、復活するのであれば佐奈だって怒られて当然だろう。
 だが真希の言い方からすると、佐奈ではなく真希たちが怒られる事が前提に聞こえた。

「うーん、俺はパンダだから人間の美醜はよく分からんが、多分佐奈は可愛い部類なんだろ?」

 全員が黙り込み、誰からも異論は出なかった。
そうだよな、と一つ頷いてからパンダが続ける。

「まさみちもストライクゾーンらしくてな。佐奈を叱ってるうちに、可哀想になって叱れなくなるのが自分で分かってるから、そのツケが俺らに回ってきてるんだ」
「え、うそ。あれ、そういう理由だったわけ?」
「滅茶苦茶迷惑な話じゃないっすか」

 過去に巻き込まれたのであろう、釘崎と伏黒が顔を歪める。

「一応まさみちの擁護だけしとくな。まさみちは佐奈を叱れない分、ちゃんと罰則や懲戒を普通の倍の倍にはしてるみたいだ。まあ、許してやってくれ」

「えーと、何倍だ?」と指を折る虎杖に、「四倍だ」と伏黒が教える。
 
「……佐奈についての説明はこんなもんか?」
「そうだな。こんくらいでいいんじゃね?」
「しゃけ」

 二年生達が互いに確認し合うと、真希が懐からスマートホンを取り出した。

「じゃ、後はアレ送って終わりだな」
「おう、よろしく」
「ツナ」

 スマートホンを操作し始める真希に、釘崎が不思議そうな顔になる。

「アレってなに?」
「佐奈の取り扱い説明書だ」
「へ?」

 真希の突拍子もない返答に目が点となる釘崎。伏黒がぶっきら棒に呟く。

「あの人に取説なんてあったんすね」
「私らはお前らより一年長くあの馬鹿といるんだぞ。やれるだけの努力は一応やってんだよ」
「苦労と徒労のが多いけどな」
「しゃけ、めんたいこ、こんぶ……」
「うっし、今送ったぞ! あとで各自確認しておけよ」

 一年生は各々スマホを取り出すと、真希からの受信を確認する。

 SNSから受け取ったファイルは思ったよりも文量があった。
 事細かく記された内容に驚きつつ、虎杖はある事に気づく。

「ヘヘッ、なんだ、結局先輩たち佐奈先輩の事、好きなんじゃん」

 読んだだけで四方山佐奈という人物がよく理解できてしまうその文章を見て、虎杖は歯を見せて笑った。




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